
今日は、お墓に供える花を買ってきた。
義母は、生花の師範の資格を持っていた人。
家にはいつも季節の花がきれいに生けられていて、
その空間は、どこか凛としていて、やさしくて、
まるで花が言葉の代わりのようだった。
私は、そんなふうには上手にできない。
毎回、お墓の前で「ごめんなさいね」と
心の中でつぶやきながら、
それでもせめて、花だけは綺麗にしていたいと思う。
真っすぐ立たない茎、色のバランス、花器との調和――
あれこれ悩みながらも、手を動かしてみる。
下手でも、どこかに気持ちが届けばいいと願って。
花を生けるということは、
もしかすると、祈ることに少し似ているのかもしれない。
言葉よりも静かに、深く、想いを運んでくれる。
今日もまた、小さな手向けとして、花に手を添える。
心を寄せたその一輪が、そっと届いていますように――
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